「《黒島》の第一印象は?」と問われれば、間違いなく「牛糞の匂い」と答える。《黒島》と牛の深い関係を感じさせるものだった。
なお、《黒島》は、佐世保にも同名の島があり、違いをわかりやすくするため、タイトルを《黒島・八重山諸島》とした。
ここ数年、石垣島を訪れる機会が増え、機会あれば離島を巡っている。
今回は《黒島》。
《黒島》は、西表島の少し南側にある小さな島で、石垣島から船で30分程で着くらしい。上からみると、島の形がハートに見えることから、「ハートの島」とも呼ばれているらしい。
朝7時半に、石垣島の離島ターミナルに到着した。離島ターミナル内は、各島に向かう朝の初便の船目当ての人で賑わい、活気に満ちていた。朝の出勤時の都会の駅で見るような悲愴の雰囲気ではなく、空港で感じられるようなポジティブな雰囲気。旅人たちは、新たな地への旅に、期待で胸を膨らませているように見えた。
私は事前に予約していたチケットを受け取るために、船会社のカウンターへ向かった。そのチケットには、石垣と黒島を往復する船の乗船券と、黒島でのレンタサイクルが含まれていた。Webから事前予約をしておいたものだ。
カウンターには、順番待ちの列ができていて、その後ろに並ぶ。あと2人ほどで、自分の番となる。カウンターの行列の進みは遅く、白髪の年配男性の一人客が「何で、ここで買えないの?ホテルの人にここに来れば大丈夫と言われたんだよ」と、船会社の係の人とやりあって、対応に時間がかかっているようだった。係の人は「こちらはツアーのカウンターで、船のチケットは隣のカウンターで手続きしてください」と応え、年配客は別のカウンターに向かた。
自分の順番となり、カウンター前に進む。係の人に、予約していた名前を告げ、料金を払い、チケットをもらう。手続きは2分程で終了。「事前予約」は、すばらしい。日本の最西端エリアにある、この石垣島でも、驚くほどにシステマチックな動きが可能だと感じた。理想を言えば、Web上で決済し、チケットもWebから取れるようになれば、カウンターでの手続きも不要となり、もっとよいと思う。ローカルのニュースによれば、先月2024年3月には、クレジットカードのタッチ決済のみで乗船できる仕組みが導入されたという。その開始セレモニーには、市長や銀行の代表も参加し、期待感が感じられる。Apple Payやsuicaで乗れる日は近いかもしれない。
そんなことを思いながら、乗船のりばにいく。離島ターミナルを出ると、乗船のりばの手前には、石垣島が生んだ英雄である、プロボクサー・具志堅用高の像がある。今は、すっかりテレビのバラエティ番組でよく見かけるタレントだが、昔はボクサーだった。
指定された乗船のりばに行くと、小さな船が待っていた。大型のフェリー船ではなく、こぶりな船で、定員は129名だ。出港まであと10分ほどで、次々と乗客が乗り込んでいく。しかし、乗客の数は思ったほど多くなく、せいぜい20名程度だった。
船内には、作業服を着た乗客もいた。彼らは黒島で何か仕事をするために訪れたのだろう。黒島には警察もいないという話もある。黒島の人口は200人程度で、島には信号もなく、警察が関わるような事件・事故は極めて少ないだろう。石垣島からの航程はわずか30分ほどなので、駐在所を設ける必要がないのかもしれない。
乗船するときに、船の上部の甲板の席が見えた。船内を歩き、その甲板に出る階段などないか探したが、見当たらなかった。乗客は船室に留まるようになっているみたいだ。
フェリーは時刻表どおり朝の8時に、出発した。湾内を徐行しながら移動し、湾を抜けるとエンジン音が高く鳴り、船のスピードがぐんぐんと加速していった。
船内ではテレビが置かれ、朝のニュースショーが映し出されていた。東京で放送される番組で、眺めているだけで現実に戻されそうになる。日本は今日も平和なのだろう。紛争もないし、明確に狙ってくるミサイルも来ない。
窓の外を見ると、海しか見えない。船は波を切って進み、かなりのスピードで移動している。
宿泊先を出る前に聞いていた地元ラジオでは、親子の司会者が琉球言葉でラジオ番組を進めていた。琉球言葉は理解できないが、なんとなく雰囲気は伝わってくる。「ありがとう」は、八重山では「みーふぁいゆー」、沖縄本島では「にふぇーでーびる」。「いらっしゃい」は、八重山では「おーりとーり」、沖縄本島では「めんそーれ」。同じ沖縄地方でも言葉は変化する。
そんな考えにふけっていると、しばらくして船のスピードが緩んでいき、黒島の湾に入っていく。
黒島は、一つの船着き場があるだけの小さな港。これまでいくつもの離島を訪れてきたが、似たような感じの接岸設備を見かけることが多い。沖縄県内でこのような設備が標準化されているのだろうか。船はゆっくりと船着き場に接岸し始めた。
港に降り立つと、レンタサイクルのお店の名前のプレートを持った男が待っていた。若そうな年齢で、丸型のサングラスをかけ、街の歓楽街にいそうな服装。島の人ではないような雰囲気。この島で、レンタサイクルをしているのには、何か複雑な背景があるのかもしれない。何かビジネスでの失敗して、黒島に流れ着いたか。組のシノギとして送られてきたか。あるいは、レンタサイクル屋は親戚が営んでいて、その親戚が何かのようで島を離れるときに手助けにきているだけかもしれない。そのような想像をさせるものを持っていた。
石垣と黒島の往復の船賃は通常3,250円で、Webからの事前予約を行うと5%OFFの3,088円。レンタサイクルが付いたチケットは3,690円で、船代との差額である約600円がレンタサイクル代とすると、この船で来た、このレンタサイクルのお客は8人、これで約5000円の収入。黒島に来る船は一日3便。このぐらいのお客さんが来ると仮定すると、一日約15000円の収入。これぐらいの安定した収入があるとすれば、黒島のレンタサイクル店は比較的裕福なのかもしれない。
店の送迎車に乗り込むと、車はすぐに動き出した。港から少し離れた町にでも行くのかと思ったが、わずか30秒でレンタサイクルのお店に到着した。車に乗らなくても、港から歩いてもすぐの距離だった。あとで、自転車で島を回ってわかったが、そもそも黒島には町がない。「集落」という表現がぴったりな民家の集まりが4つほどあるだけだった。
自転車を借りて島を回り始めると、すぐに牛の鳴き声とともに、牛舎特有の匂いが漂ってきた。最初は牛の姿は見えなかったが、港を離れ、島の中心部に進んでいくと、牛を飼っている牧場がいくつもあった。
黒島の人口は約200人であるのに対して、牛は約3000頭。牛のほうが圧倒的に数が多い。牛の畜産は、この島にとって貴重な産業なのだ。仔牛を育て、日本各地の牛の生産地に送り、神戸牛や松坂牛などのブランド牛になっていく。ここ黒島は、高級黒毛和牛の源流なのだ。
黒島の至るところで牛を見ることはできたが、森山良子の歌「さとうきび畑」で印象的なザワワな光景は見ることができなかった。
今回の黒島で回ったのは、
- 伊古桟橋
- 黒島展望台
- 東筋集落
- 仲本海岸
- ビジターセンター
- 黒島研究所
- お食事処ひろ
- ハートランド
どこものんびりとした、島時間がながれていた。黒島の雄大な自然や美しい風景、島の生活や文化の一部を実感できる。
黒島は平坦な島で、急な坂道もなく、電動自転車でなくても、普通の自転車で容易に移動できた。自転車でだいたい10分ほどの距離で、次のスポットにたどり着くという、ちょうどよい距離感。訪れたのは、春の時期だったが、気温が25℃以上もあり、太陽の中を自転車を漕いで走ると、かなり暑くなってきた。
黒島を自転車で走っていて、「電柱」が気になった。おそらく電気を流しているもので、島の何処かで自家発電をしてるのだろうかと地図を見ても、発電所らしきものはなかった。あとで調べると、海底ケーブルで、他の島から電気の供給を受けている。おなじように、水道も海底に送水管があり、他の島からの供給を受けているという。電気や水道は普通に使える。
今回、《黒島》をまわって、TIPS。
飲み物とお菓子的なものを持ってきたほうがいいだろう。
野生の孔雀がいる。孔雀はもともと黒島にいた鳥ではなく、インドの外来種。1980年代頃の沖縄のリゾートブームのときに、別の島に持ち込まれたものが、脱走し、気がついたら繁殖して増えてしまったらしい。一時期、あまりの数にまで繁殖し、島の生態系に大きな影響が出てしまい、相当数を駆除したこともあるという。何羽かの孔雀とは、黒島研究所で会うことができる。
カラスに注意。島にはカラスがいる。数的には都会ほどの数はいないと思うが、島の至るところで見かける。そして、このカラスが、自転車のカゴに荷物を置いて、しばらく離れていると、カラスがその荷物を持っていってしまうという。私も、食べ終わったものを袋に入れて、バッグを閉じて中に入れて、自転車のカゴに置いておいたが、しばらく離れて戻ってみると、バッグが開けられ、その食べ終わったものだけを持ち去られていた。
サメに注意。小池にサメが数匹放たれている。
最後に、
「《黒島》の第一印象は?」と問われれば、間違いなく「牛糞の匂い」。
島の至る所から漂う、その匂いは、まさに島のシグネチャーとも言えるものであった。温泉地で温泉に入り続けると、体に温泉の硫黄臭が染み付くように、黒島での数時間の滞在で、牛の匂いが体に染み付いていたかもしれない。フェリーで石垣島に戻ったとき、周囲の人々が私を避けていたのは、その牛臭がただよっていたからかだろうか。