京都を久しぶりに訪れると、いろいろな変化があります。
日本の古都、京都。
以前は、年に2回ぐらいの頻度で訪れていました。しかし、ここ5年ほどは、京都以外の場所を訪れることが多くなり、しばらく疎遠に。
この冬に、数年ぶりに、冬の京都を数日間滞在してみると、いろいろな変化を感じます。
「冬の京都=ローシーズン」ではなくなった
以前は、冬の時期の京都といえば、年末年始の期間を除くと、観光客が少ないローシーズンで、ホテルや旅行ツアーが安かったです。JR東海ツアーズで、新幹線の往復運賃ぐらいの値段で、ホテルと往復の新幹線チケットが買えていた時期もありました。
しかし、ここ最近はローシーズンでなくなったようで、値段がそれほど安くなっていません。今回、京都を訪れてみると、海外からの観光客が多く、その理由を納得しました。
信仰の中で暮らす京都
久しぶりに、京都の街並みを歩くと、改装されたお店や新しくできたお店が増え、だいぶ近代的に変わっていました。
それでも、日本の他のエリアとは違う、京都らしさがまだ残っています。
たとえば、街の中に小さなお寺や参拝所があり、神社仏閣が日常生活に溶けこんだ姿。歴史的な経緯を考えれば、神社仏閣のすき間に人間が住んでいるという表現の方が正しいのかもしれません。
昔からつづく神社仏閣が生活の近くにあることで、「信仰」という風土を感じます。日本の現代の都会生活では失われてしまいましたが、本来の日本は、自然災害の影響を受けやすく、それが農作物にも影響があり、飢餓などの原因にもなりました。ときの為政者らは、神社仏閣を建立し、五穀豊穣などを祈念していたわけです。
今でも、天皇陛下の主要な行事として、日本国の祈念があります。活動時間の中で、けっこうなウェイトを占めているようですが、しかし、それは天皇陛下の私的行事として扱われ、あまり公には伝われていない。
京都の方角に鬼門があったり、鍾馗(しょうき)さんが屋根の上にあったりと、そういう風景は、現代日本が失ってしまった、日本文化の原風景が京都にまだ残っているのではないか思います。
また、京都市内の碁盤目の町並みを見ると、建物は時代とともに変わりましたが、この道は、千年前や数百年前の昔の日本人が歩き、暮らしていたことを実感できるというのは、日本人の本質に触れるような感じがします。
外国人観光客が増えた京都
それにしても、海外からの観光客は、ほんとうに多い。統計の数字を見なくとも、歩いただけで、感覚的に感じます。
京都駅周辺や清水寺あたりは、海外からの観光客を多く見かけ、おみやげ屋などもけっこう賑わっています。
予約が取りにくい料理屋さんにも、海外からのお客さんが訪れていて、日本食や懐石料理のようなものにも関心があるんだなーと思いました。
しかし、京都からちょっと離れた、大原などのエリアに行くと、外国人観光客はだいぶ少なくなります。日本在住の外国人の方かなんかが来ている感じです。もっとも、あのあたりは、日本人でも訪れる人は少ないので、外国人観光客が少ないのは当然なのですが。
京都のコーヒー文化
「和」のイメージのある京都で、意外にも京都の文化で欠かせないのは「コーヒー」。
太平洋戦争時、日本で物資が不足していて、コーヒーは贅沢品として、姿を消していたにもかかわらず、戦時中の京都ではコーヒーが飲まれていたという話があります。
コーヒーと京都はいい関係のように思います。
朝7時頃からオープンする、街の喫茶店がいくつかあり、そういうお店には、常連さんが毎日通い、長年務めるお店のマスターやスタッフが、注文を聞かずとも、いつもの朝食を用意し、お客さんはコーヒーを飲みながら、新聞などを読んで、いつもの朝が始まる。
京都は、そういう朝の光景に出会える場所。
そういう時間が流れているのをみると、文化的な雰囲気を感じます。
こういう独特の時間が、京都の文化を創ってきたのかもしれない。
京都一言メモ
東アジアでは古来、歴史的に「天子様の住む都」「首都」を意味する普通名詞として京(きょう)が多く使用され、京・京師・京都などの呼び名が用いられた。
Have a nice trip! ☻